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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§48 入試問題の特徴を知る、ということは・・・VOL.2 
<700mの山・・・>

 VOL.1 の、「入試問題の特徴を知る、ということは・・・」で、最近の公立高校入試の出題傾向の特徴である、「表現力をみる」「論理的な思考力をみる」「身近な題材を問題にして応用力をみる」、更には「知識の量を問うより問題解決能力を重視する」等に対し、簡単ですがその批判と問題点を述べました。

 また、それに対する対策と実行が、実際どれだけ公立中学でなされているのか?!という深刻な疑念も表明し、抽象的で絵空事、それこそ問題解決能力がまったく欠如したアドバイスにもほとほと呆れる、と書きました。

 山に譬えると、従来の入試とここ4,5年来の新学力観の入試を較べるに、大雑把なイメージですが従来の入試が900mの山とするならば、最近の入試は700mの山みたいなものです。どちらの山も500mまでは、まあ同じなんだけど、残りの道程が違うんですね。従来の山は残り400m、振り仰げばちょっと高く険しそうだけど、よーく観ると、登れる道筋が確かにあるんです。

 それに対し、最近の山は残り200m、あまり高くはないんだけど、登る道筋がどうもないんです。つまり、自分で登り道を見つけ、適当に這い上がっていかなければならない。そーんな感触と印象を生徒を教えていて、特に中3の秋から冬にかけて、抱きます。

 適当に道を自分で見つけ、登っていけばいいのですが、ある生徒は呆然と立ち竦み、そこから先に進もうとしない。ある生徒は自力でなんとか50m登ったものの、そこで息が切れている。またある生徒は、登り口を見つけたようで、しかしその方向は合っていない。まあ、曲がりなりにも自分の力で最後まで登りつめた生徒は、全体の一割にも満たないのではなかろうか。

 適当に道を自分で見つけ、ですが、これが「表現力をみる」「論理的な思考力をみる」「問題解決能力」にあたることは言うまでもありませんね。しっかり見つけるのがいいに決まってますが、中学生ではそこまでは無理で、適当でいいと思う。その適当がない生徒が、あまりにも多い。とんでもなく困難というか、手を拱いているのが、生徒の一つの姿です。

 これはですね、前にも書きましたが、入試間際の数ヶ月で力をつけられるものではないのです。もう結論を言いましょう。それは読解力でしょう。読解力なくして表現力はつきません。読解力が溢れて表現力に廻ると思いますが。また、論理的な思考力も、いくら論理的に考えろと言ってもそれは空念仏で、一向につくものではないし、人とのおしゃべりや討論で容易に身につくものではなく、ひたすら読解力と表現力の訓練の中で養われるものである、と思う。

 つまり、読解力の元は、読書にあるのであって、如何に日々の中で本を読んでるか、まとまった文章を読み考えてるかにあるんですね。これを避けて、最後の200mは登れない。読解力も表現力も、人から与えてくれませんよ。ましてや、論理的な思考力も問題解決能力も。ですから、本を読むこと。

 最近読んだ本の中に、次のような成句があった。
「学べることは、教えられず、教えられることは、学べない」

 これは教育する、される関係に措いて、上策というか一つの真理だと思いますが、その意味を解釈してみると、
「自分で学んで考えわかることは、別に先生の教えを聞くまでもなく、自分ですればいいのであ。逆に、先生からいろいろ細々、親切丁寧に教えられたことは、安易に理解はできるものの、自分の頭で本当に考えていないから、結局は十分身につかず学んだことにはならない」とでもなるのか。この解釈は実は半分で、要は自己啓発の姿勢で学ばねば、教えられるものは汲み取れない、また教えを求めるなら、啓発の姿勢で臨まねば何も得られない、ということ。

 このことを中学段階の勉強の場に下ろすと、
「学べることは、教えられすぎ、教えらたことは、本当には学んでいない」と、言い換えられるかもしれない。少し厳しい意見になりましたが、生徒が自ら進んで勉強し、その中のわからないところ、ややこしいところを直ぐに諦めないで、まず自分で考え悩む、そして調べたり、復習したり、更に追求して考える。それでもわかんないときに、先生が教えてあげられる。そこまで考えた生徒は先生の説明が腑に落ち、理解できる。即ち、教えられることは、学べない、から、学べる、になるのですね。

 いくら読解力、表現力の重要性を説いても、また学校等でその対策が取られたとしても(非常に残念ですが、十分取られていませんね)、それはまず日常的に、生徒自身が最低「本を読む」などを通して、読解力の訓練を行なっていなければならない。が、現実は、読書離れは酷い惨状で、「今、何を読んでますか?」の質問に答えられる生徒は皆無に等しく、「ここ1ヶ月の間に、何を読みましたか?」の質問でも、殆どの生徒はその本の名を挙げることが出来ない。

 これは田んぼに稲を植えるのに似て、従来は植える稲が多すぎたからよく稔らないのが出てきた。今度は植える本数を減らし、日光をたっぷり取りましょう、といったもので、収穫の時期になると、前と較べてよく育ったかといえば、何ら変わりなく、育つものは育つ、育たないものは育たない、客観的に観れば、植える本数を減らした分、収穫量は前より減っているのです。

 では何が原因かといえば、田んぼの土壌でしょう。土壌を豊かにせねば、立派な実は育たない。土地を耕すのは他人ではなく、自分です。自分の力で土壌を豊かにしてください。